皆さんこんにちは!
Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!
さて今日は
未来に繋ぐ阿波晩茶〜episode21〜
阿波晩茶は、徳島の山里で受け継がれてきた後発酵茶である。一般に茶は春の新芽を摘み、香りと青さを楽しむものだが、阿波晩茶は真夏から初秋にかけての大きく育った葉を摘み、蒸し、もみ、桶に仕込み、乳酸発酵させ、天日で干し上げる。どの工程も、山の湿り気、日差し、沢の水、そして人の手が揃わなければ成り立たない。ここでは、とある阿波晩茶農家の一年を辿りながら、作業の細部に宿る知恵と、地域に根づく時間の流れを書き留めたい。
冬から春へ──畑の骨格を整える
阿波晩茶の圃場は、平地よりも斜面や棚田跡に多い。冬は樹勢を整える剪定の季節だ。翌夏に大ぶりで厚い葉を得るためには、枝の更新と日当たり、風通しの確保が重要になる。枝を抜く位置、切り口の角度、残す芽の向き。雪や霜の具合を見ながら、手鋸と剪定鋏で淡々と進める。足元の落葉は堆肥として活かされ、春以降の微生物相をじんわり育てる。
春になると下草が伸び、根の浅い雑草を鍬と刈払機で抑える。化学肥料に頼らず、鶏糞や菜種粕、落葉堆肥を少量ずつ分けて施す家も多い。山の畑は養分が流失しやすい。急激な生育を狙うより、年単位で土の団粒構造を守る方が、晩茶向きの葉をもたらす。葉脈の張った分厚い葉は、発酵の熱と圧に耐え、湯に立ったとき、澄んでいながら腰のある味になる。
初夏──雨と光の見極め
梅雨入り前後は、土壌水分の管理が肝要だ。表土が泥に変わるような長雨ののちに強い日差しが戻ると、葉は一気に硬化する。晩茶は硬さも受け止めるが、繊維だけが勝つと乾燥で割れやすい。畝間の排水溝を通し、斜面水の逃げ道を再確認する。畑の端に自生する草木は、防風と保水の指標。風の通り道と鳥の動きを見て、夏の摘採計画を決める。
盛夏──摘採と蒸しの一日仕事
阿波晩茶の摘採は、一般的な一芯二葉ではない。大きく展開した厚葉を、手刈りや刈り払い式の摘採機で収穫する。朝露が乾ききらない時間に入り、正午の暑さを避けて運び出す。刈り取った葉は畑で陰を作っておき、傷みを防ぐ。ここから先は「一気呵成」が鉄則だ。
蒸しは心臓部である。大釜に湧かせた湯の蒸気でしっかりと葉を熱し、青臭みを和らげ、発酵のスターターを目覚めさせる。蒸し過ぎは香りが抜け、甘みも痩せる。蒸し不足は雑菌に隙を与える。葉の厚み、当日の気温、湯気の抜け、葉束の芯の温度。経験が秒を測る。蒸し上がった葉は広げて粗熱をとり、次の工程に渡す。
踏みともみ──乳酸発酵の入口をつくる
蒸し葉を布に包み、舟形の木箱や床に移し、足でもみ込む家もあれば、杵や押し木で圧をかける家もある。目的は葉の組織をほどよく壊し、細胞液を引き出して表面にまとわせること。これが桶の中で乳酸菌の餌になる。強く潰せば早く酸っぱくなるが、香りの幅が狭くなる。やさしすぎれば、発酵の立ち上がりが遅れる。農家ごとの「手の強さ」は、その家の味と直結している。
仕込み──桶と水と空気の管理
木製の大桶や樹脂容器に、もみ上げた葉を層にして収め、押し蓋と重石で圧をかける。桶は清潔であることが第一だが、完全に無菌ではない。代々使い込まれた桶肌には、その家に棲みつく菌叢が宿る。沢水や井戸水の質も味を左右する。塩は使わない。密閉し過ぎず、しかし空気を入れ過ぎない。初期は嫌気性の乳酸菌、その後は微好気の菌が香りを整える。数日から数週間のあいだ、桶の上から湧き出る泡、匂い、酸度の立ち方を五感で追う。
酸の角が取れ、青さが丸くなったら上げ頃だ。ここでの焦りは禁物だが、長ければ良いわけでもない。山の温度、夜風、湿り気。この地域の夏を記憶した味にまで連れていく。
揚げと天日干し──山の光を編み込む
桶から上げた葉は、束をほぐし、むらなく広げて天日に干す。藺草や竹の簀の子の上で、裏表を返しながら、乾き具合を指で確かめる。表面がぱりっとしても芯にしっとりが残る段階で陰干しに移す家もある。乾燥はただの水分抜きではない。香りをまとめ、酸味を丸くし、焙香の入口を作る時間だ。山風の通る棚は宝物。晴天が続けば一気に、雲が湧けば無理をしない。干し上がりの色は深い褐色から琥珀がかった茶まで幅があるが、粉のような白い析出は過度な乾燥や破砕のサインになる。
選別と火入れ、保存
乾いた葉を選り分け、茎や大きな破片を整える。仕上げに軽い火入れをする家もあれば、天日のぬくもりを残してそのまま袋詰めする家もある。火入れは風味の輪郭をくっきりさせ、保存性も高めるが、やりすぎは乳酸のやわらかさを削ぐ。保存は湿気と光を避け、木の箱や厚手の袋で静かに。秋風が深まるころ、初物の湯を沸かす。
味わいと取り合わせ
阿波晩茶は、淹れたての湯でふわりと立つ香りが穏やかで、酸は鋭くない。塩を使わない漬物のように、澄んだ旨みが喉を通る。熱湯でしっかりと出しても渋みは強く出にくい。茶葉を少し多めにして、湯温は沸騰直後、抽出は長めでも良い。冷やしても濁りにくく、食中に向く。山菜の和え物、淡い塩味の煮物、油の軽い揚げ物と相性が良い。柑橘の皮を小さく削って香りを添える家もある。
人と地域の手
真夏の仕込みは家族や近隣の手助けなくして進まない。地域によっては「結い」の習わしが残り、蒸し台の湯を焚く人、桶を洗う人、踏みを繰り返す人、干し場を見守る人が、入れ替わり立ち替わり動く。作業のあとの囲み食は、塩と米、山の野菜が主役だ。茶の味は土と水の味であり、人の時間の味でもある。市場に出る量は限られるが、手元で飲む分、親類や友人に送る分、地域の行事でふるまう分が、実は最も大切にされる。
天候と変化に向き合う
酷暑、長雨、突風。近年の天候は読みづらい。摘採期が早まれば葉の厚みが追いつかず、遅れれば雨に叩かれる。仕込みの温度が高すぎると酸が暴れ、低すぎると立ち上がらない。干し上げは湿度の上下に左右される。そこで、遮光や通風の工夫、小分け仕込みの導入、乾燥棚の改良など、手段を増やし、選択肢を持つことが農家の「保険」になる。伝統は固定ではない。原理を守り、手段は柔らかく。山が教えてくれるのは、そのバランスだ。
販路と伝え方
直売、通販、観光での体験受け入れ、地域の飲食店との組み合わせ。どれも少量多品目の営みと相性が良い。値段は手間賃の可視化でもあるから、工程を言葉にし、写真や音で残す。蒸気の音、踏みのリズム、桶の泡、干し葉の擦れる音。伝わる言葉は味を守る。流行の健康効果を声高に唱えるより、暮らしの中でどう飲まれ、どう役立ってきたかを語る方が、阿波晩茶の輪郭には似合う。
終わりに
阿波晩茶は、夏の熱と水の涼しさ、山の陰影と人の手の温もりが、一つの湯気に融け合う飲み物だ。農家の一年は、茶の一年と重なり、手を動かす理由を確かめ続ける時間でもある。湯を注ぎ、香りを吸い、喉に落とす。その一連の動作のなかに、畑、桶、空、そして人の声が立ち上がる。飲む人の暮らしの時間に寄り添う一杯を、今年もまた仕上げたい。
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