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未来に繋ぐ阿波晩茶~episode28~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

~伝統を守り抜くために~

 

阿波晩茶は、手間のかかる発酵茶です。
7〜8月の短い期間に、茶摘み、茶茹で、茶摺り、漬け込み、天日干し、選別まで進み、多くが手作業で、昔ながらの道具が使われてきたと説明されています。

だからこそ、続けるには覚悟が要ります。
一方で、続けるためには“工夫”も必要です。

この回では、阿波晩茶農家が誇りを保ちながら、どんな課題に向き合い、どう未来へ渡そうとしているのかを、できるだけ具体的に整理します。


1. 夏の集中作業は、体力だけではない「総合力」の仕事

阿波晩茶づくりは夏に集中します。手摘みで数日から場合によっては二週間以上かかることがある、という説明もあり、作業量の大きさがうかがえます。
そして仕込みの日は、茶茹で、茶摺り、漬け込みを一日で行う流れが示されています。

この工程は、力仕事であると同時に、段取りの仕事です。
釜の火、湯の状態、茶葉の扱い、摺りの加減、踏み込みの密度、密閉の確実さ。発酵の方向性は、こうした積み重ねで決まります。嫌気的に乳酸発酵を促すために、空気を抜く意図が工程として説明されているように、理屈が分かったうえで“所作”が必要になります。

農家が誇りを持つのは、毎年の条件が違っても、家の味として成立させる総合力を持っているからです。単に古い方法を残しているのではなく、毎年「今年の茶」を見て、同じ本質に着地させる。これは熟練の技術です。


2. 木桶、茶摺り舟、竈――道具を守ることは、文化を守ること

阿波晩茶の工程では、巨大な木製桶に漬け込み、踏み込んで密封し、重石を積むといった手法が説明されています。
また、茶摺りでは「茶摺り舟」を使った手作業が続けられているとされます。

これらの道具は、単なる器具ではありません。
道具があるから工程が成立し、工程があるから技術が伝わり、技術があるから味と文化が残る。つまり道具は、伝統の“記憶媒体”です。

しかし木桶は手入れが必要です。保管の仕方ひとつで寿命が変わります。茶摺り舟も、使い続けるほどに手になじみます。竈や釜周りも、現代の設備とは違う癖があります。
だから農家は、茶葉だけでなく、道具も守っている。ここに、伝統を守る誇りの具体があります。


3. 重要無形民俗文化財の指定は「続ける理由」を社会と共有する装置

阿波晩茶の製造技術が、上勝町・那賀町・美波町などに伝承される民俗技術として重要無形民俗文化財に指定されたことは、行政資料でも確認できます。
指定の意義は、外からの評価というより、内側の人たちの「続ける理由」が言葉になった点にあります。

伝統は、当事者だけの努力では維持が難しい局面が必ず来ます。
手間がかかる、収量が安定しない、担い手が減る、生活様式が変わる。そうした波の中で、指定は「これは地域にとって残す価値がある」という合意形成を助けます。

そして、保存会などの枠組みが明示されていることも大きい。
個人の努力だけでなく、地域の仕組みとして守る段階へ。ここで農家の誇りは、個人の腕前から「共同体としての継承」へと広がっていきます。


4. “家の味”を守りながら、外の世界へ伝える難しさ

阿波晩茶は、家ごとに自給中心で作られてきたという背景があります。
これは大きな魅力である一方、外へ伝えるときに難しさも生みます。なぜなら、画一的な正解がないからです。

伝統を守り抜く誇りとは、「唯一の正解を押しつけること」ではなく、家ごとの違いを尊重しながら、本質を共有することです。たとえば本質は次のような要素に整理できます。

  • 盛夏に成長した葉を使うという季節性

  • 茶葉を茹で、摺って傷をつける工程の意味

  • 木桶に漬け込み、空気を抜いて嫌気的に乳酸発酵を促すという考え方

  • 天日干しと選別まで含めて品質を仕上げる手仕事

この本質を外部に丁寧に説明できることが、伝統を未来へ渡すうえで重要になっていきます。


5. 未来へ渡すための現代的な工夫:誇りを折らない「続け方」

伝統は、精神論だけでは続きません。
阿波晩茶農家が誇りを守り抜くには、「続けられる形」に整える工夫が不可欠です。ここでは一般論として、伝統の本質を損なわずに取り入れやすい工夫を挙げます。

(1)工程の見える化と記録

発酵は目に見えにくいからこそ、気温、仕込み日、桶の状態、発酵期間、干しの条件などを記録しておくことで、経験の共有がしやすくなります。これは家の味を消すためではなく、次の世代が学ぶための土台になります。

(2)安全と衛生の基本を整える

伝統的工程の核心は「木桶での嫌気発酵」や「茶摺り舟の手仕事」にあります。
その核心を守りながら、作業場の整理や清掃、乾燥場所の管理など、現代的な衛生の基礎を整えることは、外部に伝える際の信頼にもつながります。

(3)共同作業の再構築

茶摘みは家族や親類が中心で、必要に応じて近所や知人の手も借りるとされます。
この“助け合い”を、無理のない形で続けることが、担い手不足への現実的な対策になり得ます。手伝いが入る日を決める、役割を分ける、道具の共有ルールを作るなど、コミュニティ設計が鍵になります。

(4)体験や対話で価値を伝える

阿波晩茶は、製法を知るほど味の感じ方が変わるお茶です。
摘む、茹でる、摺る、漬ける、干す――工程の意味を伝えることで、飲み手は「安さ」ではなく「背景」に価値を見出すようになります。結果として、伝統が経済的にも支えられやすくなります。


6. 農家の誇りの核心は、「自分の代で途切れさせない」覚悟

重要無形民俗文化財に指定されたという事実は、外側からの光です。
けれど最後に伝統を守るのは、毎年夏に茶葉を摘み、釜の前に立ち、茶を摺り、桶に漬け、干し上げる人の手です。

「今年も作れた」という小さな達成が積み重なり、伝統はつながっていきます。
誇りとは、過去を飾る言葉ではなく、暑い季節にもう一度立ち上がる力です。家の味を守りながら、地域の文化として次へ渡す。その覚悟が、阿波晩茶農家の背骨になっています。


伝統を守る誇りは、変えずに残すことではなく、続けられる形で渡すこと

阿波晩茶は、盛夏の葉を摘み、茹で、摺り、木桶に漬け、嫌気的に乳酸発酵を促し、天日干しと選別で仕上げるという、他に類例の少ない伝統技術として評価されてきました。
そしてその技術は、重要無形民俗文化財として、地域の文化そのものとして位置づけられています。

誇りは、守り抜くための工夫と一体です。
今年も作り、来年へ渡す。人と道具と山里の季節を、途切れさせない。
阿波晩茶農家の誇りは、その静かな継続の中にあります。

未来に繋ぐ阿波晩茶~episode27~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

~「樽漬け発酵茶」の誇り~

 

阿波晩茶は、徳島県の山間部で受け継がれてきた、乳酸発酵による後発酵茶です。茶葉をいったん熱処理したうえで木桶に漬け込み、空気を抜いて嫌気的に乳酸発酵を進め、天日で干し上げる――この独特の製法が、地域の暮らしの中に深く根を下ろしてきました。

この製造技術は、上勝町・那賀町・美波町などに伝承される民俗技術として、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
それは「特別なお茶」だからというだけでなく、家ごとに伝えられてきた手仕事、昔ながらの道具、山里の暮らしの知恵が、いまも息づいているからにほかなりません。

本記事では、阿波晩茶農家が「伝統を守り抜く誇り」をどこに感じているのかを、製法の具体とともに丁寧に言葉にしていきます。


1. 阿波晩茶は「山の暮らし」そのものから生まれた

阿波晩茶の産地は、四国山地の山間地に広がります。急峻な谷、点在する家々、限られた耕地。そうした条件の中で、畑作を基本とする暮らしが長く続き、周辺の山林には茶の木が多く自生してきたとされます。

この地域で阿波晩茶は、もともと「家で飲むためのお茶」として、家ごとに自給中心で作られてきました。
売るための商品というより、家の一年を支える生活の一部。だからこそ、作り方は画一的ではなく、家ごとの道具、家ごとの段取り、家のリズムの中で守られてきたのです。

この「生活と地続き」であることが、阿波晩茶の伝統の強さであり、農家にとっての誇りの源泉になっています。


2. 盛夏に摘む葉、そして一日で一気に仕込む「夏の総力戦」

阿波晩茶づくりは、夏に集中します。製造は主に7〜8月に行われ、茶摘みから、茶茹で、茶摺り、漬け込み、茶干し、選別まで、工程が連なります。

特に特徴的なのは、茶摘みが盛夏の時期に行われる点です。一般的な緑茶のように新芽を摘むのではなく、成長した葉を使うことに特色があると説明されています。
この「遅い時期まで成長した葉を使う」という意味合いから、現在は「阿波晩茶」と表記されるようになった、という整理もあります。

そして、阿波晩茶の現場には、毎年必ず訪れる緊張感があります。
茶摘みは手摘みで、家族や親類が中心となり、場合によっては近所や知人の手も借りながら進めるとされています。
摘んだ茶葉を仕込む日は、茶茹でから漬け込みまでを一日で行う流れが示されており、ここがまさに「総力戦」です。

暑さ、時間、段取り。少しでも油断すると、仕込みが遅れ、発酵の立ち上がりや品質に影響する。だからこそ、家の中の役割分担、道具の準備、火の管理、動線まで含めて、毎年積み上げてきた知恵が活きるのです。


3. 「茶摺り」と「漬け込み」――見えない発酵を立ち上げる職人の感覚

阿波晩茶の核となるのが、茶摺りと漬け込みです。

資料では、茶茹での工程で、大釜に茶葉を入れ、又木で押し込みながら茹で、次の茶摺りで茶葉に傷をつけて発酵を促す、という流れが説明されています。さらに、茶摺りには「茶摺り舟」を用いた手作業がいまも続けられているとされます。
ここに、伝統が「技術」として生きている姿があります。

そして漬け込み。茹でて摺った茶葉を巨大な木桶に入れ、空気が入らないよう踏み込み、葉や石などで押さえ、密閉して発酵を促す――嫌気的に乳酸発酵を進めるための工夫が、工程の意味として説明されています。

重要なのは、発酵が「目に見えない」ということです。
温度、湿度、茶葉の状態、踏み込み具合、桶の扱い。数値だけで割り切れない要素が多く、最後は人の観察と経験がものを言います。
農家が誇りを感じるのは、まさにこの部分です。見えない微生物の働きを、段取りと所作で立ち上げる。先人から受け取った手の感覚を、今年の茶葉に合わせて微調整する。伝統とは、過去のやり方を固定することではなく、毎年の条件の違いに合わせて「同じ本質」を再現する力でもあります。


4. 天日干しと選別――最後の仕上げに現れる、作り手の性格

発酵が進んだ茶葉は、晴天に合わせて取り出され、筵などに広げて天日で乾燥させる工程が示されています。
天候を読むこと、乾き具合を見極めること、乾燥中の扱いを丁寧にすること。ここでも、作り手の注意深さが品質に直結します。

さらに最後に、茶の実や割れ葉などを取り除き、篩や箕、手作業で選別し、形を崩さないように詰める、という仕上げが説明されています。
この地味な工程に、農家の誇りが宿ります。
「良いものを、良い状態で残す」。
大量生産では見落とされがちな“最後のひと手間”が、阿波晩茶の価値を支えています。


5. 重要無形民俗文化財に指定されたという「背中を押される感覚」

阿波晩茶の製造技術が重要無形民俗文化財に指定されたことは、農家にとって単なる称号ではありません。
それは、自分たちの手仕事が「地域の文化そのもの」として認められたということ。言い換えれば、祖父母や親世代が守ってきた営みが、社会的な価値として言語化された瞬間でもあります。

同時に、指定は責任も生みます。
伝統は、残っているだけでは守れません。作り手が減れば、桶も道具も、所作も消えてしまう。だからこそ、農家の誇りは「誇れること」だけでなく、「守り続ける意思」へとつながっていきます。


阿波晩茶の誇りは、生活と技術を途切れさせないこと

阿波晩茶農家が守り抜く伝統の誇りは、派手な物語ではなく、夏の暑さの中で積み上げる段取り、手の感覚、家の共同作業にあります。
盛夏の葉を摘み、茹で、摺り、桶に漬け、天日で干し、選別する。
その一連が、山里の暮らしを形づくり、地域の文化として評価されてきました。

一杯のお茶は、ただの飲み物ではありません。
それは、その家が今年も伝統をつなげた証であり、次の世代へ渡す約束でもあります。

2026年 新年あけましておめでとうございます。

2026年新年あけましておめでとうございます。

旧年中は多くのお客様に上勝晩茶をお届けできありがとうございました。

今年もたくさんの方とご縁がありますよう心よりお待ちしております。

 

さて、昨年よりTV放送の影響で長らく晩茶が品切れになっておりましたが、

昨年中に何とかご予約分を皆様にお届けすることができました。

たくさんの方から再販についてのお問い合わせをいただいておりましたので、

ご注文の受付を再開したいと思います。

ただ、数に限りがございます。一人でも多くの方に上勝晩茶をお届けしたく、

お一人様500gまでのご注文とさせていただきます。

ご理解のほどよろしくお願いいたします。

また、近年の物価高等や生産者の高齢化による生産量の減少などの影響で価格変更に踏み切ることになりました。

2026年度産のものにつきましては春以降にご予約の受付を考えておりますのでそちらで再度ご案内したいと思います。

再販分の価格は100g当たり1,296円(税込)→1,620円(税込)となります。

どうぞよろしくお願いします。

Kamikatsu-TeaMate 百野大地

 

 

 

 

未来に繋ぐ阿波晩茶~episode26~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

現代の転換点

茶の伝来から江戸時代にかけて、茶が特別な文化から日常の飲み物へと浸透し、産地と農家が成立していくまでの流れをたどりました。後編では、江戸後期から明治・大正・昭和・平成・令和へと続く「近代の茶農家の変化」を追い、産業としてのお茶がどのように成長し、どんな課題を抱えながら現代へ至ったのかを整理します。

1. 江戸後期――煎茶の大衆化と、農家の生産拡大

江戸後期になると、煎茶文化はさらに広がり、都市部だけでなく地方でも茶を飲む習慣が定着していきます。茶は嗜好品であると同時に、家の中の常備品、来客へのもてなし、地域の寄り合いなど、社会生活の潤滑油になっていきました。こうした需要の伸びは、生産現場にとっては「作れば売れる」局面を作りやすく、茶園の拡大や、製茶技術の向上につながります。

この頃、農家の側でも茶づくりは副業から主要な収入源へと比重を増していきます。米作中心の農村であっても、換金作物としての茶は魅力的でした。とくに、地形や気候条件によっては稲作に向かない場所でも茶は育ちやすく、山間地域や傾斜地で茶が広がる背景にもなりました。茶は「土地の制約を活かす」作物として、農家の選択肢を増やしていきます。

2. 明治期――茶は輸出の花形へ、農家は“国の産業”を担う

明治時代は、日本のお茶農家にとって極めて大きな転機です。開国以降、日本の茶は海外市場で需要を獲得し、茶は重要な輸出品となります。これにより、茶農家は国内需要を支えるだけでなく、外貨獲得の一翼を担う存在となりました。

輸出が拡大すると、生産には量と安定性が求められます。農家はより多くの茶を作る必要が生じ、茶園の拡張や管理技術の改善が進みます。また輸出向けは品質の均一性も重要であり、製茶工程の標準化や流通整備が進むことになります。ここで茶農家は、地域の慣行だけでなく、市場の要求に合わせて生産を調整する、より“産業的”な存在へと変化していきました。

ただし、輸出の拡大は常に安定していたわけではありません。国際相場や競合国の動向、輸送や商習慣の違いなど、農家だけではコントロールできない要因に左右される面も大きかったのです。茶農家の歴史は、国内の自然条件だけではなく、世界経済とも結びついていくことになります。

3. 大正~昭和前期――国内消費の拡大と、地域ブランドの強化

大正から昭和前期にかけて、日本国内では都市化が進み、労働者層や中間層が拡大していきます。生活スタイルが変わり、日常飲料としての茶の需要はさらに高まります。茶は高級品から生活必需品へ、そして贈答・嗜好品としても多様化していきました。

この時代、農家の生産現場では、産地ごとの差別化がより重要になります。どの地域で、どのように作られた茶なのか。香り、旨味、渋味、色、製法。産地の名前が価値を持ち、地域ごとのブランド力が形成されていきます。農家は、単に収量を求めるだけでなく、品質と評判を守るための努力が必要になりました。

また、流通の面では問屋や商社、製茶業者との関係が強まり、農家は市場の仕組みの中に組み込まれていきます。農家単独で完結するのではなく、集荷・製茶・販売の分業や協業が進み、地域単位の生産体制がより整備されていきました。

4. 戦後――機械化と品種改良、そして“日常の緑茶”の完成

戦後は、日本のお茶農家の姿を大きく変える時代です。農業全体の近代化の流れの中で、茶づくりにも機械化が進みます。摘採機や製茶機械の普及により、作業の効率は飛躍的に上がりました。従来、手摘み中心だった摘採作業は、労働集約的で大きな負担でしたが、機械化によって面積拡大や安定生産が可能になります。

さらに、品種改良や栽培技術の体系化も進みます。地域に適した品種の導入、病害虫防除、施肥設計、被覆栽培など、農家が選べる技術が増え、品質の再現性も高まっていきます。これにより、日常的に安定した緑茶を供給する体制が整い、家庭で急須を使ってお茶を淹れる文化が広く定着していきました。

この時代の茶農家は、労働と技術、経営判断を組み合わせて生産を最適化する存在へと進化します。農家の規模や地域によって差はあれど、「伝統」と「近代技術」の融合が進んだのが戦後の特徴です。

5. 平成以降――消費の変化、ペットボトル茶の普及と農家の影響

平成期になると、茶の消費構造は大きく変わります。象徴的なのが、ペットボトル茶の普及です。家庭で急須を使う機会が減り、外出先や職場で手軽に飲める茶が広がりました。これにより、茶の需要そのものは一定程度維持される一方で、「家庭用の茶葉」の需要が伸び悩む局面も生まれます。

この変化は、茶農家の経営に直結します。茶葉の売り方、取引形態、求められる品質や規格が変わり、農家は市場の変化に適応する必要が出てきました。大手飲料メーカー向けの原料需要が増えれば、安定供給や規格対応が求められ、価格形成も従来と異なる側面を持ちます。一方で、地域ブランドの高級茶や、こだわりの手摘み茶、抹茶需要など、付加価値路線も強まっていきます。

つまり平成以降の茶農家は、「量」だけでも「伝統」だけでも成立しづらくなり、販売戦略や差別化が重要な時代へ入っていきました。

6. 令和の転換点――担い手不足と新しい価値づくり

現代の茶農家が直面する大きな課題の一つが、担い手不足と高齢化です。茶園は一度作れば終わりではなく、継続的な管理が必要です。剪定、施肥、防除、摘採、製茶、出荷。季節ごとに作業が集中し、機械や設備投資も必要になります。こうした負担の中で、後継者が見つからない地域も少なくありません。

しかし一方で、令和の茶農家には新しい可能性も生まれています。たとえば、直販やEC、海外向け販売、体験型観光、抹茶・粉末茶の需要、オーガニック栽培や環境配慮型の取り組みなど、従来の流通だけに依存しない道が広がっています。茶は歴史が長い分、ストーリーと文化的価値を持っています。その価値を“現代の言葉”で再編集し、消費者に届ける取り組みが、各地で始まっています。

また、地域内での共同管理や作業受委託、スマート農業の導入など、労働負担を分散しながら産地を維持する仕組みづくりも重要になっています。茶農家の歴史は、単に過去の積み重ねではなく、いまも続く「変化への適応」の連続です。

まとめ――茶農家の歴史は「文化」と「産業」の両輪で続いてきた

日本のお茶農家の歴史を振り返ると、茶は常に社会の変化と結びついてきました。寺院と上層階級の文化から始まり、江戸の大衆化を経て、明治の輸出産業へ、戦後の機械化で安定供給へ、平成の消費構造変化を受け、令和の新たな価値づくりへ。茶農家は、時代ごとに求められる役割を変えながら、技術と地域をつないで生き抜いてきました。

一杯の茶の奥には、土地の気候、栽培の知恵、加工技術、流通、そして何より農家の時間があります。歴史を知ることは、茶を“味”だけでなく、“背景”ごと味わうことでもあります。だからこそ、これからの茶農家の未来を考える上でも、歴史を学ぶ意義は大きいと言えるでしょう。

未来に繋ぐ阿波晩茶~episode25~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

茶の伝来から「産地」と「農家」の誕生まで

日本の暮らしに深く根を張る「お茶」。食後の一服、来客時のおもてなし、法事や祭礼、仕事の合間の休憩など、あらゆる場面で当たり前のように飲まれてきました。しかし、その一杯が日常に定着するまでには長い時間がかかり、また“お茶農家”という職業が成立するまでにも、社会・政治・技術・流通の変化が折り重なった歴史があります。今回は、お茶が日本へ伝わった初期から、産地が形成され、茶づくりが「農家の生業」として確立していくまでの流れを、できる限り具体的にたどっていきます。

1. 茶の伝来と「薬」としての茶――最初の担い手は僧侶と寺院

一般に、日本へ茶が伝わったのは奈良~平安期とされます。ただし、この時代の茶は、現代のように一般庶民が飲む嗜好品ではなく、主として貴族や僧侶など限られた階層が扱うものでした。寺院は当時の知の拠点であり、海外の文物が集まる場所でもあります。茶もまた、儀礼や修行、あるいは薬用としての性格が強く、寺院や上層階級の内部で消費されていきました。

ここで注目したいのは、当初の茶は“農家の作物”というより“寺院が管理する特別な植物”に近かったことです。つまり、茶の栽培は存在したとしても、それを専門にして生計を立てる農家が成立する段階ではありませんでした。生産と消費の範囲が極端に狭かったため、広域的な産地形成も、農村経済としての茶づくりもまだ条件が整っていなかったのです。

2. 鎌倉期の転機――禅文化と武家社会、そして茶の普及の芽

鎌倉期になると、茶の位置づけは少しずつ変わっていきます。禅宗の広がりとともに、茶は修行や生活の一部として扱われ、また武家社会の成立により、権力の中心が京都の貴族社会から武士へ移っていくなかで、茶は新しい価値を得ます。武士が茶を好む背景には、単なる嗜好品としての魅力だけでなく、精神性、規律、もてなし、交流の作法といった要素が絡んでいました。

この時代に“茶を飲む文化”が上層階級の中で厚みを増していったことは、のちの生産拡大にとって重要です。需要が増えれば、供給も増えなければならない。供給が増えるということは、栽培地が広がり、管理する人手が必要になり、やがて「茶づくりに関わる農村の役割」が大きくなっていくことを意味します。ここに、お茶農家誕生への大きな土台が築かれていきます。

3. 室町期――闘茶から茶の湯へ、価値の多層化が生産を刺激する

室町期は、日本の茶文化が多層的に展開する時代です。茶をめぐる遊興である闘茶が流行し、同時に、のちに日本文化の象徴となる茶の湯が形づくられていきます。茶は単に飲むだけでなく、「どの産地の茶か」「どのような香味か」「どのように点てるか」「どんな道具で、どんな場をつくるか」といった、文化的価値を伴う存在になっていきました。

茶の価値が上がれば、良い茶を作ること自体が権威や名誉に結びつきます。すると、良質な茶を安定して供給できる土地や集団が注目され、産地が育ちます。ここで、のちに名を残す産地として語られる地域が少しずつ輪郭を帯びてきます。たとえば京都近郊の宇治は、権力の中心に近い地理条件と、技術・流通・ブランド形成の積み重ねによって特別な地位を獲得していきます。

室町期の特徴は、茶が「文化」としても「経済」としても価値を増したことで、栽培や製茶が単なる副業ではなく、継続的な生産活動として成立しやすくなった点です。つまりこの時代は、茶が“農家の生活を支える可能性”を獲得し始めた時期だと言えます。

4. 「産地」の形成と技術の蓄積――誰が、どうやって茶を作ったのか

お茶農家の歴史を語るとき、栽培だけでなく「製茶技術」の発達が不可欠です。茶は摘んで終わりではありません。葉をどのように加工し、乾燥させ、保存し、運ぶかによって価値が変わります。初期の日本では、茶は団茶(固めた茶)や抹茶(粉末)など、時代によってさまざまな形で扱われてきました。そうした加工には技術と労力が必要であり、集団的な作業や専門的な知識が求められました。

この加工工程が洗練されるほど、生産者の役割も重くなります。農家は単に茶樹を育てるだけでなく、摘採、加工、保管、出荷までを担う必要が出てくる。あるいは、地域の中で工程が分業化し、茶づくりに関わる人々のネットワークが生まれていく。ここに、「お茶農家」が単独で成立する以前の、地域ぐるみの生産体制の姿が見えてきます。

5. 戦国期から江戸初期へ――権力と茶、そして農村経済への浸透

戦国期は社会が不安定な一方で、権力者たちは茶を政治に利用しました。茶の湯は単なる趣味ではなく、権力の象徴であり、外交・統治・恩賞のツールにもなっていきます。茶器が価値を持ち、茶会が政治的な意味を帯びるほど、茶そのものの需要も一定程度支えられます。権力者の庇護を受けた産地は、技術や流通が整い、名声を高める契機を得ました。

江戸時代に入ると、社会は安定し、物流も発達し、庶民文化が拡大します。ここで重要なのは、茶が上層階級だけのものではなく、徐々に庶民の生活へ入り込んでいくことです。寺子屋や町人文化、日常の飲食の中で、茶は“日々の飲み物”としての地位を確立していきます。需要が大きくなると、供給側も増産が必要になり、茶の栽培が農村経済の一部として組み込まれていきます。

この段階で、茶づくりは「特別な人々のもの」から「地域の産業」へと性格を変え始めます。多くの地域で茶樹が植えられ、農家が稲作や畑作と並行して茶を作るようになり、やがて茶を主とする農家も増えていく。ここに「お茶農家」という存在が、社会の中に広がる条件がそろっていきます。

6. 江戸時代の広がり――「番茶」と「煎茶」、飲み方の変化が農家を変える

江戸時代の茶の普及を語る上で欠かせないのが、飲み方の変化です。抹茶中心の文化に対し、煎茶が広がり、さらに日常的な番茶のような茶も一般化していきます。茶の種類が増えることは、品質の多様化と価格帯の拡大を意味します。高級茶だけでなく、普段使いの茶が大量に消費されるようになれば、生産量が求められ、農家にとっては販路が安定しやすくなります。

一方で、品質差がはっきりするほど、良い茶を作るための技術競争も生まれます。茶園の管理、摘採のタイミング、加工の丁寧さ、保存の工夫。そうした積み重ねが、産地の評価と価格を左右する。江戸期にはすでに「産地の名」が価値を持ち始め、農家は地域の評判を守りながら生産する必要が出てきました。

ここまでが、茶の伝来から江戸期にかけて、お茶農家が成立していく前段階の大きな流れです。次回は、江戸後期から明治以降、現代へと続く「お茶農家の近代化」と「産地の再編」を取り上げます。輸出産業としての茶、機械化、品種改良、戦後の大衆消費、そして現在の担い手問題まで、茶農家の歴史を“産業史”として掘り下げていきます。

 

未来に繋ぐ阿波晩茶~episode24~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

さて今日は

未来に繋ぐ阿波晩茶〜episode24

担い手・販路・地域連携の三本柱

 

 

 

阿波晩茶は今、伝統の継承期から再生の時代へと入っている。
全国的に“発酵茶”や“地域ブランド茶”が注目される中、
徳島の山間地から生まれるこのお茶には、他の産地にない独自の物語がある。

しかし、その物語を未来につなぐためには、
生産者の努力だけでなく、「地域ぐるみの仕組みづくり」が欠かせない。
本稿では、阿波晩茶農家の現場が抱える三つの軸――担い手、販路、地域連携――を中心に深く考える。


1. 担い手育成 ― 技術の継承と新たな参入

晩茶作りは、一般的な製茶工程と大きく異なる。
機械化が難しく、発酵温度や水分管理は経験と勘がものをいう。

新規参入者にとっては「知識の壁」「作業負担」「販売ルートの不明確さ」が大きな障壁となっている。
そのため、地域では次のような取り組みが始まっている。

  • ベテラン農家による実地研修・インターン受入れ

  • 地方自治体・大学との協働による後継者育成プログラム

  • 農業法人化による共同生産体制

こうした取り組みは、“職人技の伝承”から“産業の継承”へと進化している。
一人で作る文化から、地域で支える文化へ――。
それが、阿波晩茶の未来を形づくる第一歩である。


2. 販路拡大 ― 伝統を現代の市場へ

阿波晩茶の販路は、これまで地元の直売所や観光土産が中心だった。
しかし、コロナ禍以降、オンライン販売が急速に伸び、
首都圏や海外の注文も増加している。

消費者ニーズの変化に合わせ、農家や事業者は以下のような動きを見せている。

  • 小分けパックやティーバッグ商品による手軽さの提供

  • パッケージデザインの刷新によるブランド訴求

  • 英語表記やSNSでの情報発信による海外展開

  • 飲食店・カフェとのコラボレーション(発酵ドリンク・アイス・スイーツなど)

伝統茶という枠を超え、“ライフスタイル商品”としての価値づけが進んでいる。
ただしその一方で、「本来の味や香りを損なわないか」「観光商品化しすぎていないか」
といった懸念もある。
本物を伝える努力と、時代に合わせる柔軟性の両立が、今後の課題だ。


3. 地域連携 ― 文化を守るネットワークづくり

阿波晩茶の文化は、特定の農家ではなく、“地域全体の風土”に支えられてきた。
茶葉を育てる山、発酵を助ける乳酸菌、夏の気候、湧き水――。
そのすべてが一体となって、独自の味を生み出している。

そのため、今の課題は「個人の努力」ではなく「地域の仕組み」として守ること。

  • 地域ブランド化による統一ロゴ・表示制度

  • 体験型観光(摘み取り・桶詰め体験)の整備

  • 道の駅・カフェ・宿泊施設との連携販売

  • 学校教育や地域イベントでの発酵文化の発信

こうした地域間の横のつながりが強まることで、
“お茶づくり”が“まちづくり”へと広がる。
そしてそれが、後継者を呼び込む循環にもつながる。


4. 文化とビジネスの両立

阿波晩茶は、単なる農産物ではなく無形文化遺産に近い存在である。
しかし、文化としてだけ残すのではなく、
「継続的に収益を生む産業」として成立させることが不可欠だ。

そのためには、次のような視点が求められている。

  • 価格競争ではなく“価値競争”への転換

  • ブランドストーリーの可視化(生産者の顔・発酵工程・地域性の発信)

  • 観光・飲食・健康・教育とのクロス展開

  • 6次産業化による新商品の開発(発酵酢・粉末・スイーツなど)

このように、阿波晩茶の未来は「発酵文化×地域経済×観光資源」の交差点にある。


5. まとめ

阿波晩茶農家に求められているニーズは、単なる市場対応ではない。
それは、“地域と生きる覚悟”を再確認することに他ならない。

伝統の技を守ること、次世代に教えること、
そして現代の生活者に“なぜこのお茶が特別なのか”を伝えること。

この三つの軸が重なったとき、阿波晩茶は単なる特産品を超えて、
「徳島の精神文化」として息づき続けるだろう。

そして、発酵桶の中で静かに息づく乳酸菌のように、
人と地域の絆もまた、目には見えない力で熟成を続けている。

 

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未来に繋ぐ阿波晩茶~episode23~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

さて今日は

未来に繋ぐ阿波晩茶〜episode23〜

伝統発酵茶・阿波晩茶の“今”

 

徳島県の山間部、特に上勝町や那賀町で古くから受け継がれてきた「阿波晩茶」。
日本でも数少ない**後発酵茶(乳酸発酵茶)**として、独自の風味と製法を誇るこのお茶は、かつては地域の人々にとって日常の飲み物であり、生活文化そのものであった。

しかし、時代の変化とともに、晩茶を飲む人・作る人が減少し、産地は縮小。
それでも近年になって、「発酵食品」「地域ブランド」「自然農法」などのキーワードとともに、
再び注目を集めるようになっている。

このブログでは、阿波晩茶農家が今どのようなニーズに直面しているのか、
生産・販売・継承・地域連携の観点から深く掘り下げる。


1. 阿波晩茶の基本と魅力

阿波晩茶は、夏の盛りに摘んだ茶葉を一度蒸し、その後に木桶などに詰めて自然発酵させることで作られる。
発酵には約2〜3週間、乳酸菌が主役となり、特有の酸味とまろやかさを生む。

苦味や渋みが少なく、体への負担も軽いことから、
かつては「子どもからお年寄りまで飲めるお茶」として親しまれていた。

この発酵プロセスは他の日本茶にはほとんど見られず、世界的に見ても珍しい。
それゆえ、国内外の研究機関から「希少な伝統発酵文化」としての関心も高まっている。


2. 現在のニーズ① ― 健康志向と発酵ブーム

現代の消費者は、「自然」「発酵」「腸内環境」といったキーワードに敏感である。
阿波晩茶の乳酸発酵による整腸作用・免疫サポートへの期待は高く、
健康意識の高い層や海外のオーガニック市場からの注目が広がっている。

特にSNSや通販では「腸活茶」「ナチュラルティー」として紹介されることが増え、
若年層・女性層の購買層が拡大中である。

しかし、生産者側にとっては「どこまで科学的根拠を示すか」「どう表現すれば誤解を生まないか」という課題もある。
これまでの“地域の日常茶”が、健康食品的な扱いへと変化する中で、
伝統と商業のバランスをどう取るかが求められている。


3. 現在のニーズ② ― 安定供給と品質統一

阿波晩茶は農家ごとに製法や環境が異なり、味・酸味・香りに個性がある。
それが魅力でもあるが、商業流通の観点から見ると「品質のばらつき」は課題となる。

近年、観光客やEC販売で新規顧客が増える中、
「前回買った味と違う」「酸味が強すぎる」などの声も少なくない。

農家間での技術共有・熟成管理の標準化、共同ブランドの確立が求められており、
各地域で組合や研究会を立ち上げる動きも進んでいる。

品質と個性の両立――。
そこに、これからの晩茶づくりの核心がある。


4. 現在のニーズ③ ― 担い手不足と継承問題

阿波晩茶の製造は、夏場の高温期に行う重労働であり、
発酵の工程管理も経験と勘が求められる。

後継者が減少し、高齢化が進む中で、
「伝統を守りたいが体力的に厳しい」という声が増えている。

また、晩茶作りは一軒単位の作業が多く、家族経営に頼る部分が大きい。
地域での協働加工・共同販売・若手研修制度の整備が急務となっている。

一方で、大学との共同研究や移住者による参入事例もあり、
“地域文化を仕事にしたい”という若者が少しずつ増えているのも希望の兆しだ。


5. まとめ

阿波晩茶は、単なる「お茶」ではない。
それは、土地の菌と人の手が織りなす、生きた文化資産である。

いま求められているのは、
「昔ながらを守ること」と「時代のニーズに応えること」の両立。

健康志向、ブランド化、後継者育成――。
これらを一つひとつ乗り越えながら、
阿波晩茶は“地域の誇り”として、次の世代へと受け継がれていくだろう。

 

 

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未来に繋ぐ阿波晩茶~episode22~

皆さんこんにちは!

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さて今日は

未来に繋ぐ阿波晩茶〜episode22〜

 

 

阿波晩茶の製法は、地域の生活と一体で続いてきた。だが、人口の減少、担い手不足、気候の変動、資材や燃料の高騰は、静かな山里にも等しく押し寄せる。ここでは、ひとりの晩茶農家の視点から、「どう作り、どう売り、どう残すか」を具体的に考え、実践の断片を記してみたい。特色は乳酸発酵にあるが、それだけではない。原料の育て方、仕事の組み立て、来訪者との関係、外部との協働──それらが織り上げる網の目こそ、阿波晩茶の現在地だ。

経営の土台──“小さく、厚く”

小規模農家の強みは、工程の細部に手を入れられることと、顔の見える販売ができることにある。反面、天候や体調、イベントの影響を受けやすい。ここで大切なのは、数量を追い過ぎないことだ。仕込みは小分けに、ロットごとに味の個性を把握し、在庫の持ち方を工夫する。例えば、仕込み直後の若い香りのロット、冬を越して酸が丸くなったロット、といった時間差の提案を用意しておく。定期便を設定し、購入者に季節の変化を共有する通信を添えると、量を増やさずに価値を厚くできる。

価格設定は、作業時間、燃料、資材、運賃、税、そして畑の維持費を一つずつ洗い出す。山の仕事は「見えない費用」が多い。桶の補修、干し場のシート、刈刃の替え、運搬の人手。これらを含めた上で、生活が守れる価格を決める。安売りは未来の自分を削る。値付けの説明責任は、工程を見せる、体験を開く、味の違いを言葉にする努力で果たす。

作柄の平準化──リスクを割る設計

天候リスクの分散には、圃場の分散と仕込みの分散が効く。標高や向きの違う小さな畑を持ち、同じ日に一斉に摘まない。仕込み桶も一つにまとめず、複数に分ける。干し場も、直射を活かす棚と、陰干しに適した屋根下の二系統を用意する。発酵は生き物であり、時に「言うこと」を聞かない。だからこそ、戻しの効く設計がいる。酸が立ちすぎたロットは、火入れの温度と時間で輪郭を整える。香りが弱ければ、他のロットとブレンドする。ブレンドはごまかしではなく、意図のある調整だ。

体験と観光──「作る側」から「ともに作る側」へ

来訪の受け入れは、販路であり、理解者を育てる場でもある。見学の導線をつくり、危険と衛生のルールを明確にする。蒸し台の火の前は立入不可、干し場の上には荷物を置かない。写真撮影は可だが、他の人の顔が映らない配慮を求める。体験では、短時間で成果の見える工程(もみ、干し、選別など)を選ぶ。来訪者に「手触り」を残して帰ってもらうことが、記憶となり、再訪の動機になる。

季節の敷居も大切だ。夏の仕込み期は受け入れ枠を絞り、秋冬の干し上がりや火入れ、春先の畑整備に体験の厚みを置く。地域の食堂や宿と連携し、阿波晩茶を使った料理、出汁との合わせ、デザートの提案を共同で練る。観光パンフレットには、アクセス情報と併せて、所要時間、服装の注意、虫対策、飲み水の案内まで具体に書く。山に来る人の不安を先に解いておく。

研究と実践の橋渡し──菌叢を“測る”ことの意味

阿波晩茶の乳酸発酵は経験則の宝庫だが、分析の言葉を持てば、再現性が高まり、説得力も増す。近隣の大学や研究機関に声をかけ、酸度、pH、乳酸菌種、香気成分の簡易分析を試みる。大げさな設備は要らない。仕込み初期、中期、後期、揚げた直後、干し上がり、火入れ後──数点のサンプルと温度履歴を記録するだけでも、次年の仮説が立つ。分析値は味の優劣を決めるためではなく、振る舞いを理解するために使う。数字の裏に、桶の音や匂いの記憶を書き添える。

学校・福祉との連携──仕事の切り出し

夏の重労働ばかりがクローズアップされがちだが、阿波晩茶には、座ってできる仕事、手先の注意を要する仕事がたくさんある。選別、袋詰め、ラベル貼り、封の圧着、通信の折り、発送の箱組み。地域の学校や福祉作業所と連携し、仕事を切り出す。作業手順を図解し、品質の基準を一緒に作る。報酬は正価で、感謝は言葉で。関わる人が増えるほど、晩茶は地域の飲み物になる。

情報発信──「声」を育てる

山の仕事は、黙々と続けることが美徳のように思われがちだが、現代の販路では「声」を育てることも仕事のうちだ。毎日の発酵日誌を短文で公開しなくてもよい。月に一度、季節の仕事、味の手応え、来訪の予定、欠品と次回予定を淡々と知らせる。それだけで、待っている人の不安が消える。写真は光と影を写す。濡れた葉の艶、桶の縁の水滴、干し場の影。動画は音を写す。蒸気の唸り、足もみのリズム、簀の子が鳴る乾いた音。言葉が届かないことを、映像や音が補う。

後継と働き方──「一年限りの弟子」を増やす

本格的な後継者はすぐに見つからない。ならば、「一年限りの弟子」を増やす。夏の仕込みだけ、冬の火入れだけ、発送の繁忙期だけ、と期間限定の学びの枠を設ける。交通費と滞在費の枠を示し、労働と学びのバランスを明示する。短期でも「茶の原理」と「山のルール」が伝われば、いつか別の土地で別の作物に関わる人にも届く。広い意味での後継は、地域外にも芽を持つ。

包装と環境──山の理に沿う

阿波晩茶の包装は、湿気光を避ける機能が第一だが、山の理に沿った素材選びも考える。完全なプラスチック排除は現実的でないが、詰め替え用や大袋の導入、再利用可能な缶や瓶との組み合わせ、ラベルの簡素化など、できる折り合いはある。発送の緩衝材は、山の藁や紙を使い、見た目のやさしさだけでなく、実際の保護性能を検証する。簡素は手抜きではない。手を入れた簡素は、余白に仕事が見える。

「健康」をどう語るか

発酵茶である以上、健康効果を期待する声は避けられない。だが、根拠の薄い効能をうたうことは、飲み手のためにも、作り手のためにもならない。ここで採るべき態度は「暮らしに溶ける飲み物」という語りだ。食事に寄り添い、喉の渇きをやさしく潤し、暑気に効き、寒の内に温める。塩を含まない酸味は、生まれたばかりの子に与えるものではないが、年寄りの胃にも重くない。家ごとの飲み方の聞き書きを集め、地域誌の片隅に載せる。効能ではなく、習慣の強さが、飲み物の居場所を決める。

共同と規模──単独の限界を越える

単独の農家では受けきれない注文、イベント、卸の要望がある。ここで「味を混ぜずに力を混ぜる」共同の形が役に立つ。予約管理や決済、発送の集約、イベント出店の交代制。味は各家の屋号で個別に出し、事務の土台だけを共同化する。共同購入で資材の単価を下げ、燃料の調達もまとめる。山の仕事は孤独で良いが、孤立は持たない。声を掛けられる間柄を、平時からつくっておく。

変化への覚悟──原理を守り、手段を試す

阿波晩茶の原理は、夏の厚葉、蒸し、もみ、乳酸発酵、天日干し。この背骨は動かさない。だが、手段は試す。小さな温度記録計の導入、通風の改善、可搬式の干し棚、軽トラックの荷台テント、薪とガスの併用。伝統は道具の型を意味しない。原理を支えるために、時代の道具を借りる。道具に使われないよう、手の感覚と耳と鼻を、いつも先に置く。

終章──湯気の先にいる人

阿波晩茶は、仕込みの汗と、桶の静けさと、干し場の眩しさが、湯気に化けた飲み物だ。経営を考え、販路を整え、伝える工夫を凝らすことは、湯気の先にいる人を思うことにほかならない。顔が見える販売の強みとは、困ったときに「今年は少ない」と言える関係性であり、「来年を一緒に待とう」と言ってもらえる安心だ。山の時間は急がない。だが、守るべきものは悠長に構えているだけでは守れない。手を動かし、言葉を尽くし、山と相談しながら、また一桶、仕込む。湯を沸かす人の暮らしが今日も続く限り、阿波晩茶は続く。その確信だけを道標に、次の夏を迎えたい。

 

 

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未来に繋ぐ阿波晩茶~episode21~

皆さんこんにちは!

Kamikatsu-TeaMateの更新担当の中西です!

 

さて今日は

未来に繋ぐ阿波晩茶〜episode21〜

 

阿波晩茶は、徳島の山里で受け継がれてきた後発酵茶である。一般に茶は春の新芽を摘み、香りと青さを楽しむものだが、阿波晩茶は真夏から初秋にかけての大きく育った葉を摘み、蒸し、もみ、桶に仕込み、乳酸発酵させ、天日で干し上げる。どの工程も、山の湿り気、日差し、沢の水、そして人の手が揃わなければ成り立たない。ここでは、とある阿波晩茶農家の一年を辿りながら、作業の細部に宿る知恵と、地域に根づく時間の流れを書き留めたい。

冬から春へ──畑の骨格を整える

阿波晩茶の圃場は、平地よりも斜面や棚田跡に多い。冬は樹勢を整える剪定の季節だ。翌夏に大ぶりで厚い葉を得るためには、枝の更新と日当たり、風通しの確保が重要になる。枝を抜く位置、切り口の角度、残す芽の向き。雪や霜の具合を見ながら、手鋸と剪定鋏で淡々と進める。足元の落葉は堆肥として活かされ、春以降の微生物相をじんわり育てる。

春になると下草が伸び、根の浅い雑草を鍬と刈払機で抑える。化学肥料に頼らず、鶏糞や菜種粕、落葉堆肥を少量ずつ分けて施す家も多い。山の畑は養分が流失しやすい。急激な生育を狙うより、年単位で土の団粒構造を守る方が、晩茶向きの葉をもたらす。葉脈の張った分厚い葉は、発酵の熱と圧に耐え、湯に立ったとき、澄んでいながら腰のある味になる。

初夏──雨と光の見極め

梅雨入り前後は、土壌水分の管理が肝要だ。表土が泥に変わるような長雨ののちに強い日差しが戻ると、葉は一気に硬化する。晩茶は硬さも受け止めるが、繊維だけが勝つと乾燥で割れやすい。畝間の排水溝を通し、斜面水の逃げ道を再確認する。畑の端に自生する草木は、防風と保水の指標。風の通り道と鳥の動きを見て、夏の摘採計画を決める。

盛夏──摘採と蒸しの一日仕事

阿波晩茶の摘採は、一般的な一芯二葉ではない。大きく展開した厚葉を、手刈りや刈り払い式の摘採機で収穫する。朝露が乾ききらない時間に入り、正午の暑さを避けて運び出す。刈り取った葉は畑で陰を作っておき、傷みを防ぐ。ここから先は「一気呵成」が鉄則だ。

蒸しは心臓部である。大釜に湧かせた湯の蒸気でしっかりと葉を熱し、青臭みを和らげ、発酵のスターターを目覚めさせる。蒸し過ぎは香りが抜け、甘みも痩せる。蒸し不足は雑菌に隙を与える。葉の厚み、当日の気温、湯気の抜け、葉束の芯の温度。経験が秒を測る。蒸し上がった葉は広げて粗熱をとり、次の工程に渡す。

踏みともみ──乳酸発酵の入口をつくる

蒸し葉を布に包み、舟形の木箱や床に移し、足でもみ込む家もあれば、杵や押し木で圧をかける家もある。目的は葉の組織をほどよく壊し、細胞液を引き出して表面にまとわせること。これが桶の中で乳酸菌の餌になる。強く潰せば早く酸っぱくなるが、香りの幅が狭くなる。やさしすぎれば、発酵の立ち上がりが遅れる。農家ごとの「手の強さ」は、その家の味と直結している。

仕込み──桶と水と空気の管理

木製の大桶や樹脂容器に、もみ上げた葉を層にして収め、押し蓋と重石で圧をかける。桶は清潔であることが第一だが、完全に無菌ではない。代々使い込まれた桶肌には、その家に棲みつく菌叢が宿る。沢水や井戸水の質も味を左右する。塩は使わない。密閉し過ぎず、しかし空気を入れ過ぎない。初期は嫌気性の乳酸菌、その後は微好気の菌が香りを整える。数日から数週間のあいだ、桶の上から湧き出る泡、匂い、酸度の立ち方を五感で追う。

酸の角が取れ、青さが丸くなったら上げ頃だ。ここでの焦りは禁物だが、長ければ良いわけでもない。山の温度、夜風、湿り気。この地域の夏を記憶した味にまで連れていく。

揚げと天日干し──山の光を編み込む

桶から上げた葉は、束をほぐし、むらなく広げて天日に干す。藺草や竹の簀の子の上で、裏表を返しながら、乾き具合を指で確かめる。表面がぱりっとしても芯にしっとりが残る段階で陰干しに移す家もある。乾燥はただの水分抜きではない。香りをまとめ、酸味を丸くし、焙香の入口を作る時間だ。山風の通る棚は宝物。晴天が続けば一気に、雲が湧けば無理をしない。干し上がりの色は深い褐色から琥珀がかった茶まで幅があるが、粉のような白い析出は過度な乾燥や破砕のサインになる。

選別と火入れ、保存

乾いた葉を選り分け、茎や大きな破片を整える。仕上げに軽い火入れをする家もあれば、天日のぬくもりを残してそのまま袋詰めする家もある。火入れは風味の輪郭をくっきりさせ、保存性も高めるが、やりすぎは乳酸のやわらかさを削ぐ。保存は湿気と光を避け、木の箱や厚手の袋で静かに。秋風が深まるころ、初物の湯を沸かす。

味わいと取り合わせ

阿波晩茶は、淹れたての湯でふわりと立つ香りが穏やかで、酸は鋭くない。塩を使わない漬物のように、澄んだ旨みが喉を通る。熱湯でしっかりと出しても渋みは強く出にくい。茶葉を少し多めにして、湯温は沸騰直後、抽出は長めでも良い。冷やしても濁りにくく、食中に向く。山菜の和え物、淡い塩味の煮物、油の軽い揚げ物と相性が良い。柑橘の皮を小さく削って香りを添える家もある。

人と地域の手

真夏の仕込みは家族や近隣の手助けなくして進まない。地域によっては「結い」の習わしが残り、蒸し台の湯を焚く人、桶を洗う人、踏みを繰り返す人、干し場を見守る人が、入れ替わり立ち替わり動く。作業のあとの囲み食は、塩と米、山の野菜が主役だ。茶の味は土と水の味であり、人の時間の味でもある。市場に出る量は限られるが、手元で飲む分、親類や友人に送る分、地域の行事でふるまう分が、実は最も大切にされる。

天候と変化に向き合う

酷暑、長雨、突風。近年の天候は読みづらい。摘採期が早まれば葉の厚みが追いつかず、遅れれば雨に叩かれる。仕込みの温度が高すぎると酸が暴れ、低すぎると立ち上がらない。干し上げは湿度の上下に左右される。そこで、遮光や通風の工夫、小分け仕込みの導入、乾燥棚の改良など、手段を増やし、選択肢を持つことが農家の「保険」になる。伝統は固定ではない。原理を守り、手段は柔らかく。山が教えてくれるのは、そのバランスだ。

販路と伝え方

直売、通販、観光での体験受け入れ、地域の飲食店との組み合わせ。どれも少量多品目の営みと相性が良い。値段は手間賃の可視化でもあるから、工程を言葉にし、写真や音で残す。蒸気の音、踏みのリズム、桶の泡、干し葉の擦れる音。伝わる言葉は味を守る。流行の健康効果を声高に唱えるより、暮らしの中でどう飲まれ、どう役立ってきたかを語る方が、阿波晩茶の輪郭には似合う。

終わりに

阿波晩茶は、夏の熱と水の涼しさ、山の陰影と人の手の温もりが、一つの湯気に融け合う飲み物だ。農家の一年は、茶の一年と重なり、手を動かす理由を確かめ続ける時間でもある。湯を注ぎ、香りを吸い、喉に落とす。その一連の動作のなかに、畑、桶、空、そして人の声が立ち上がる。飲む人の暮らしの時間に寄り添う一杯を、今年もまた仕上げたい。

 

 

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未来に繋ぐ阿波晩茶~episode20~

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さて今日は

未来に繋ぐ阿波晩茶〜episode20〜

 

 

湯呑み一杯の向こう側には、1年を通して続く畑の管理、短い収穫期の勝負、そして加工・販売という長い工程があります。近年、お茶農家の現場では、気候・人手・価格・規制など複数の波が同時に押し寄せ、従来のやり方だけでは乗り切れない局面が増えました。本稿では、日本の茶産地を想定しつつ、畑・工場・市場の3視点から課題を整理し、すぐに着手できる打ち手までまとめます。


1|畑で起きていること(生産)

① 気候リスクの増大

  • 晩霜・春先の寒戻り:一番茶の芽吹きが早まるほど霜害のリスクが上がる。防霜ファンや散水、黒マルチなどへの投資負担が増加。

  • 猛暑・干ばつ・豪雨:夏場の高温乾燥は樹勢を落とし、旨味成分の蓄積に影響。豪雨は土壌流亡や根傷み、排水不良を誘発。

  • 収穫タイミングの難化:フェノロジー(生育リズム)の変動で「いつ摘むか」の決断が難しく、品質×歩留まりの最適点が読みにくい。

② 病害虫の圧力と防除の難しさ

  • チャノミドリヒメヨコバイ、小さなハマキ類、カンザワハダニ…。高温化で世代回転が早まると防除回数が増え、耐性化リスクやコストが上昇。

  • 有機・特別栽培では選べる資材が限られ、草生管理や天敵温存など**総合的病害虫管理(IPM)**の設計が不可欠に。

③ 労働力の逼迫

  • 収穫は極端な繁忙の“瞬発型”。世帯内労働だけでは回せず、機械化・共同作業・外部人材の確保が必須。

  • 高齢化で重労働の継続が難しい。摘採機・運搬・選別の動線を見直し、腰と肩への負担を“設計で”減らす必要。

④ 土壌・品種・園地の課題

  • 化学肥料高騰や施肥制限で、有機質の回帰・土づくりに再び注目。

  • 品種の多様化は品質の幅を広げる一方、最適な防除・摘採時期・被覆条件が畝ごとに違う難しさも。


2|工場で起きていること(製造・設備)

① エネルギーと資材コスト

  • 蒸機・乾燥機を回す燃料・電力の高止まり。被覆(覆下)資材や網、防霜・防鳥のネットもコスト上昇。

  • 省エネのための更新投資(インバータ化、断熱、熱回収)が必要でも、回収年数が長く資金繰りの壁に当たりやすい。

② 小ロット・多規格対応の負担

  • シングルオリジン、単品種、発酵茶や紅茶化など多品種少量のニーズ増。

  • ロット分け・トレース・在庫管理の手間が増し、**品質の“再現性”**を保つ運用が難しい。

③ 衛生・安全・トレース

  • HACCP 的な衛生管理、異物混入防止、残留農薬の**MRL(基準値)**対応。

  • 海外輸出や大手取引では記録と証跡が求められ、紙台帳からの脱却が課題。


3|市場で起きていること(販売・事業)

① 価格のミスマッチ

  • 市場平均価格が伸び悩む一方、上物と下物の二極化が進行。

  • 仕入先や流通の都合で、“良いもの”でも適正に評価されないケースが残る。

② 需要構造の変化

  • 急須離れの一方、抹茶・ボトルティー・ティーカクテル・健康文脈など新しい入口は拡大。

  • ただし新カテゴリーは規格・衛生・表示の壁が高く、参入コストがネック。

③ ブランディングと越境

  • 農協・市場任せから、**直販・EC・観光(アグリツーリズム)**へ。

  • 物語・写真・英語対応・配送・カスタマーサポートまで含めると、“農家の仕事”が増え続ける


4|“明日から動ける”現場の打ち手

畑:気候・病害虫へのレジリエンス

  • 防霜の多層化:ファン+黒マルチ+簡易風除け、可搬温湿度ロガーで危険閾値を見える化

  • IPM:フェロモントラップ、被覆下の湿度管理、茶園縁の草・樹種の選定で天敵温存。

  • 土づくり:剪枝くずのチップ化・堆肥化、被覆作物(クローバー・ヘアリーベッチ)で有機物と保水を確保。

労務:繁忙の“瞬発”を仕組みに

  • 共同雇用プール(近隣数戸でのシェア)、摘採機の共同利用カレンダー

  • 収穫〜運搬の動線見直し(斜面にはモノレール・自走運搬車、集積点の固定化)。

  • 学生・地域人材の短期アルバイトには、30分動画の作業eラーニング+現場チェックリストを準備。

工場:省エネ・多品種対応

  • 熱回収・断熱・インバータで“燃やした熱を逃がさない”。

  • ロットID管理(QR)で生葉→荒茶→仕上げまで紐付け。単品種・単畝でも混乱しない台帳に。

  • 小規模発酵ラインの試験スペースを確保し、紅茶・烏龍・発酵茶の**“二の矢”**を育てる。

市場:価値の翻訳と販路

  • シングルオリジンの設計:区画、品種、被覆日数、蒸しの強弱など**“違いの言語化”**。

  • ECの基本整備:淹れ方動画、写真(茶畑・製造・リーフ・水色・茶殻)、2分で強みが伝わる商品ページ

  • 観光・体験:新茶期の“摘採見学+製茶見学+試飲”、秋は“焙煎体験”。一次情報の提供はブランド力に直結。

  • 法人向け:ボトルティー用の抽出適性、抹茶・粉末緑茶の粒度や溶解性などB2B規格表を用意。


5|資金と制度:攻めの投資を可能にする道筋

  • 共同機械リース・協同購入で初期費用を分散。

  • 再エネ活用(屋根ソーラー+蓄電)で昼間電力を平準化、乾燥ピーク時の需要抑制に寄与。

  • 省エネ・輸出・6次化に関連する補助・融資は、“成果(省エネ率・新売上)の数値計画”まで落として申請。


6|輸出・規格対応の勘所

  • MRL・ポジティブリストを市場別に整理し、使用資材と収穫前日数(PHI)を管理表で一元化。

  • 残留検査・水質検査の証跡を英訳テンプレートで常備。

  • バルク・ティーバッグ・粉末など形態別の規格書を用意し、問い合わせへの初動を早める。


7|継承と連携:人が続く仕組みへ

  • 研修受け入れ(短期)→シーズン雇用(中期)→新規就農支援(長期)の**“階段”**を地域で用意。

  • 地域工場・共同乾燥など設備のシェアで小規模生産者の参入障壁を下げる。

  • 若い世代がやりたい直販・体験・デジタルを、上の世代の栽培・製茶の技と重ねる“縦の分業”。


まとめ:課題は重なる。だからこそ“設計”で解く

気候、人手、コスト、市場、規制。どれか一つではなく同時多発で起きています。鍵は、

  1. データで可視化(気象・生育・防除・コスト・販売)

  2. 標準化(作業・記録・品質)

  3. 分担と連携(人・設備・販路)
    の三点を“畑→工場→市場”の一本線でつなぐこと。

お茶は、土地と人の記憶の産物です。違いをつくる畑と、違いを伝える言葉、そして続けられる仕組みが揃ったとき、一本の新茶はようやく未来に届きます。
次の季節に向けて、できることを一つずつ“設計”していきましょう。

 

 

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